終わり良ければ…

全て良し…とはいかないけれど … 日々の記憶を楽しい記憶に書き換えて終わりたい…

「入門ビットコインとブロックチェーン」野口悠紀雄......今週の読書

 

入門 ビットコインとブロックチェーン (PHPビジネス新書)
 
ビットコインについて、よく耳にするようになった。
高騰しているということばかりが注目されているが、
それよりも、注目すべきは「ブロックチェーン
ビットコインを含む仮想通貨の基礎技術である「ブロックチェーン」が、
かつてインターネットが登場した時と同じような、
社会革命をもたらす重要な技術らしい。
 
すごい時代が、もうそこまで来ている。
かつて、インターネットの登場は衝撃だった。
地球上のどこにいても、即時に低コストで、情報を 送ることを可能にした。
しかし、インターネットでも できなかったことがある。
それは、「経済的な価値を送ること」と「信頼を確立すること」だ。
インターネットで、安全に経済的な活動を行うことはとても難しかった。
 
しかし、
書き換えることが不可能なシステムを確立し、
銀行のような管理者がいなくても、信頼できるシステムを作り、
コストを抑えて決済ができるようにしたのが、
ブロックチェーンの技術らしい。
 
「従来のインターネットが 情報の インターネットであるのに対して、
  ブロックチェーンは 価値の インターネット」 だと言える。
まさに、革命だ。
 
AIやブロックチェーンの応用によって
社会がどのように変わるのか わからないが、
今、社会が大きな転換点にあることは間違いない。
この本の内容は、専門的な部分もあり、半分くらいしか理解できなかったが、
わくわくしながら読んだ。
 
人は、自分の持っている知識の中でしか行動することが出来ない。
新しい時代に、自分は柔軟に対応できるのだろうかとの不安も残った。
 
 
 

 

落語会備忘録……柳家さん喬.柳家権太楼 二人会

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今年最後にして、満足度一番の落語会だった。

 

御二方とも、紫綬褒章受章者だけあって、安定のおもしろさ。

 

2席とも人情噺だったが

泣ける感じではなく、

「え〜 はなしやな〜」と、しみじみする噺だった。

 

柳家権太楼師匠の「井戸の茶碗」は、

人情噺にもかかわらず、からっとしていて爆笑できる。

幸せを誘う可愛らしい笑顔が、権太楼師匠の魅力だと感じる。

あの笑顔で、正直者の屑屋のせいべいさんの、人の良さがより際立つ。

 

柳家さん喬師匠の「幾世餅」は、

真面目な語り口調により、

搗き米屋の奉公人の清蔵の、真面目さ、一途さが際立つ。

 

 

会場はクリスマスイブのイオンの5階

若いカップルでごった返した中を会場に向かう。

まくらでは、「暮れの忙しい中・・・ほかに行くところはなかったんですかねぇ」なんて笑わせてましたが、

そうです そうです 無かったんですよ~

 

 

「投資家が「お金」よりも大切にしていること」藤野英人……今週の読書

 

投資家が「お金」よりも大切にしていること (星海社新書)

投資家が「お金」よりも大切にしていること (星海社新書)

 

 「投資はマネーゲームだ」「マネーゲームは悪だ」

そう思って、これまでの人生を生きてきた。

投資はもちろん、ギャンブルも、宝くじさえ買ったことがない。

清貧が尊い生き方だと思って生きてきた。

そんな私の考え方を、この本は変えた。

 

 

投資とは、 「お金」ではなく「エネルギー」のやりとり
お金のやりとりは、投資のほんの一つの側面に過ぎない
今、エネルギーを投資して、未来からのお返しをいただくということなのだ。

 

エネルギーを循環させることは、

さまざまな社会問題の解決の糸口となるのかもしれない

そう思えてきた。

 

今、日本は「お金」という血液が滞り、流れないために不調を引き起こしている。

 

人の身体は、

血のめぐりが悪くなると、新鮮な酸素や必要な栄養が全身に運ばれなくなり、

手足の冷えや浮腫みや痺れなど、末端にしわ寄せがいく。

そしていずれは、脳梗塞心筋梗塞といった命に関わる状態を引き起こすことになる。

 

今の日本は、

企業、個人共に、貯め込み体質であり、それ故に、経済のめぐりが悪くなっている。

お金という血液が回らない事により、末端が疲弊している。

ブラック企業や、客の過剰なサービスの要求により、

疲弊し、将来に希望が持てない若者が増加している。

解決策は、

なんでも政府、自治体など、公がするもんだ、

個人のお金なんて、1円たりとも出すものか!

みんなが、そう言っているように見える。

日本は他国に比べて、寄付やボランティアが文化として根付いていない。

 

テレビなどでニュースを見ていて、いつも疑問に思うことがある。

それは、なにか悲惨な事件があるたびに、「公」の責任を問う意見だ。

お上は何をしていたのか、もっと早く支援が出来なかったのか......等など

しかし、そんな無意味な論議を耳にするたびに

「なんか違う、どうして、人任せなのか?」という

もどかしい思いが湧き上がっていた。

公は制度を作り後方支援をするが、運用するのは民であるはずだ。

個人の意識が変わり、文化として「互恵関係」が根付くなら、

エネルギーの循環を通して、日本の未来も変わるかもしれない。


自分の将来、社会の未来は悲観的なものでしかなかったが
今、何に投資するかによって、未来に何を得るかを変えることができると心から思えた。  

 

 

この本はとても良い本だ。

今年読んだ本の中で、一番気持ちが良い、

心から納得できる本だった。

昔から、本を読むときには、共感した部分に付箋を付けながら読む癖があるが

読み終わった時には、最初からもう一度読んだほうが良いくらい、

付箋だらけになった。

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頭で理解しただけでは、行動は変わらない。

頭で理解し、気持ちが納得して初めて、行動変容につながる。

この本の内容は「腹に落ちる」ものだった。

お金はないが、とりあえず、

「スマイル0円」と「ありがとう」のチップは

今日から実行し、エネルギーの好循環に寄与したいものだ。

 

落語会備忘録……柳家小八

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今年の3月に、広島県福山市出身 初の真打が誕生

今日はその 柳家小八の独演会

当日券で入り、聴いて帰った。

 

1席目は、牛ほめ

落語の世界の名物キャラ、愛すべき馬鹿「与太郎」が登場する

地口落ち(ダジャレ)の演目 

 

次は、権助提灯

ちょっと小気味よい、悋気(ヤキモチ)ネタ

 

トリネタは、文七元結

江戸時代に流行った、髪を整えるための 元結(水引きみたいなきれいな紐)のブランドが「文七元結」だが、この 当時流行ったブランドの成立秘話とされた 人情ばなしだ

演者により 細かい設定は違うが、

(女房の腰巻が洗濯中で紋入りの風呂敷で代用するバージョンではなく、売ってしまっていたり、お久が先妻の子だという設定ではない など)

さんざんにためらった挙句に、50両を文七にあげる場面での、左官の長兵衛の人間臭さみたいなところの表現はうまいなと思った。

 

100人くらいの とても小さな独演会だったが、

地元ということで、小八師匠を応援する人たちが多かったようで、

アットホームな雰囲気の なかなか良い寄席だった

 

 

 

 

 

落語会備忘録……立川志の輔

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秋の京都

今にも降り出しそうな空模様の中

はるばる京都まで

志の輔落語を聴きに 日帰り旅行

 

古典だったらいいなと思いながら

春秋座の長い階段を息を切らしてやっとこさ登る

運動不足だなぁ

80歳まで落語会に行けるくらいの体力維持しなきゃいけないな

などと考えながら……

 

この度は 2席とも古典

新作より古典の方が好みなので 大満足だった

 

新鮮だったのは

照明効果

志の輔さんの落語会は初めてなので

いつもなのか、春秋座だからなのかはわからないが

客席が 真っ暗になる

ほかの落語会では経験したことがない

大抵 客席は明るくて

周囲の人の 表情だったり

かばんをつついていてるのだったりが見えたり

時には、演者と目が合ったりするのだが

そういった 周囲がちょっと気になるなぁ なんてこともなく

落語の世界にどっぷりつかれる

ふと気がつくと いつのまにか 舞台の 照明も変わっているようだ

最初は、背景が 鮮やかな青系で、「綺麗っ!」って思ったけど

いつ変わったのかわからないうちに

落ち着いた色に変わっていた

もしかしたら 照明まで 計算されているのだろうか?

だとしたら、凄いこだわりようだなぁ

 

音にも気を配ってあったようで

落語の間は 携帯電話がならないように

抑止装置が使われていたようだ

 

志の輔さんが 「江戸に お連れする」と表現されていたが

まさに、細部にまで気配りが行き届いた 

「 お も て な し 」だ

 

「名作落語50席がマンガで読める本」......今週の読書

 

名作落語50席がマンガで読める本

名作落語50席がマンガで読める本

 

 マンガで落語ってのはどうなんだろう……

私だけの落語国の住人がいなくなってしまうかもしれないという不安を抱きつつ、手に取った。

今まで、私の想像していた落語国には、イケメンはいない。

女性もそんなに美人はいない。

はっつぁんも熊さんも、どちらかというと、中年で、特に記憶に残らない顔立ちをしている。

というか、顔なんて想像していなかった……

まあ、最近は、喬太郎師匠ばかり聞いていたから、

イケメンや美女を想像することに、無理がある気もするのだが……

だが、このマンガを見てから、落語を聴くと、

睡眠前にいつも聞いている落語に、昨夜はイケメンが登場した。

年齢層も若くなった。

よくよく考えてみると、文七元結の文七だってお久だって

錦の袈裟だって、みんな若者なんだよなぁ……

少なくとも、現代の「お年頃」と比べると、ずっと年齢層が低いはずだ。

若者やイケメンや美女が登場しなかった、自分の想像力のなさに笑えてきた。

 

なんといっても、二つ目ユニット「成金」による解説が、とてもよくわかって面白い。

いっそう落語が身近に感じられる。

 

長屋の付き合いの中には、現代に欠けているものが存在する。

職業柄、地域福祉という観点から物事をみることが多い。

長屋には、衣食住に関する困ったことは全て、お互いに助け合うコミュニティがあった。

「らくだ」では、長屋の鼻つまみ者だった らくだ が、フグにあたって死んだ時、

訪ねてきて遺体を発見した兄貴分と屑屋が、弔いをあげるため、ドタバタと奮闘する。

現代では、孤独死で 何日も発見されないなんてことになっても不思議はないケースだが、

らくだは、翌日には発見され、お金がないなりにも、ちゃんと弔いをあげてもらえている。

江戸には、その成り立ちからか、男性が圧倒的に多く、女性が少数だったため、

一生独身で過ごす男性も珍しくなかったようだ。

お一人様が多いという点は、現代と共通する部分だろう。

だからこそ、世代を超えた濃密な人間関係と、それを鬱陶しく感じない図太さやおおらかさ、規格外の人を排除しない寛容さが、必要だったのだろう。

私が、落語にハマったのは なんでなのかなと、今更ながら考えてみると、

こういうコミュニティへの憧れがあるのだろう。

また、こういう地域作りをしたいという思いがあるにもかかわらず、何もできないでいる、個人の力の限界を感じているからなのだろうと思う。

 

 

 

 

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うちの 書斎の片隅には落語コーナーがある。

滅多に使わない脚立を書棚にしているだけの小さなコーナーだけど、

今、一番心休まる お気に入りの場所だ。

「埴原一亟 古本小説集」  山本 善行 撰 …… 今週の読書

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雨降りの日曜日……

久しぶりに 自宅でゆっくりと 読書をしたい気分で、

選んだのが、埴原一亟。

この夏、夏葉社から出た新刊で、

戦前、戦中、戦後を生きた、無名な この小説家の埋もれた7編の作品を、

京都の古書店「善行堂」の店主、山本善行さんという方が選び、刊行されたようだ。

 

購入した直後に1度、読んでいるにもかかわらず、

他にも書棚には、買っただけで読んでいない本が結構あるにもかかわらず、

何故か手にとり、2度目の読了となった、不思議な魅力がある小説集だ。

 

さして、大きな事件や、衝撃があるわけではない。

生活者の視点から、

日々を生きることの、風味が溢れ出てくる。

実に、滋味掬すべき作品集だ。

 

作為なく、素直に、真実とか正論とかを、

感じたままに書くことがとても難しい時代。

その時代に即した考えでなければ、「性格異常者」と評され、

弁解すればするほど、作為ととられる、不信の時代に、

それでも、静かに、

急激に変化を遂げようとする時代の歪みを観察し、

ただ、自分の気持ちを見つめながら、小説として描き綴ったような、作品集だった。

 

物事は、見方や立場、環境などによって、どうにでも解釈できる。

そして、ささやかな幸福を味わうこともできる。

その、ささやかな幸福によって、人は生きられる。