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終わり良ければ…

全て良し?…とはいかないけれど … 全部チャラ ❗️. 1日の終わり、メンタルリセットするため書いてます

「見てる、知ってる、考えてる」中島芭旺 … 今週の読書

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10歳の著者は 「小さなからだの哲学者」と呼ばれるらしい

小学校へは通っていない いわゆる「不登校児」なのだろうか

しかし 「不登校児」とか「子供」などという カテゴリーで括ってしまうことが

あまりにも 不毛な事に思えてくる

 

私がこの本を手に取ったのには訳がある

ネットで あまりにも批判的なコメントが多かったからだ

 

自己啓発本のパクリ」「誰かの受け売り」…

 

 しかしこの世に 新しい「哲学」なんてそうそうあるものではない

みんな誰かの「受け売り」で成長していくものではないか

大事なのは  たくさん聴き たくさん読み たくさん学び

インプットした情報に どれだけ 素直に 共感できるか

頭に入れたものを 心に落とし込み

そしてそれを「言語化」する事により 人は成長していくものだ

 

目新しい 考えではないと 一蹴し

「子供に何が理解できるのか」

「十歳の子供に啓発される大人って…情けない」

などということは簡単だ

 

しかし 彼はちゃんと 理解し 共感したからこそ 言語化したのだ

考えて 共感し そして 自分の言葉で「言語化」する事によって  自分のものになっていく

「言語化」するなら漠然とした考えを整理する事ができる

単なる「情報収集」レベルで止まっていたのもを

「思考」に変え、自分のものになり 

 自分の抱えている問題でさえ「自己解決」する力となる

 

最近、彼は 学校へ行く選択をしたとのこと

 

彼が 「本」 という形で「言語化」したことは

彼にとっても 大きな意味があったのではないかと 推測してしまう

 

 

 

 

祝 ❣️ ソロカラ デビュー

f:id:meisyu3ie:20170309153136j:image  < 本日の結果 >

久々の 平日の休日

世間が働いている時に 1人で遊ぶのは いい気分だ

私は たいていの所には 1人でも 平気で 入る事ができると思っている

しかし、最近は すっかり家遊びが習慣になってしまい

外出が 面倒くさくなってしまっていた

これではイカン  外遊びをしようと思い立ち

 今日は 前々から 挑戦したいと考えていたことを決行したのだ

 

一人カラオケ

フリードリンクがついて  平日は若干安く利用できる

朝からたっぷり2時間 ノンストップで 歌いまくって  スッキリ🎤

 

カラオケ自体も久しぶり…

ごくたまに 友人と 場末の カラオケスナックに 行くぐらいだ

還暦前の 気さくなおばちゃんのやっている 場末のスナックは 何故か 潰れない

私たち 女子が 2〜3人で行くと 

還暦前のママは 嬉しそうに ガラケーを取り出し

電話や メールをはじめる

「オネーチャン達が来てるよ〜」と 

営業活動 を はじめるのだ

 ( オネーチャンと言うのも  詐欺に近いが … )

しばらくすると  必ず 数人の 名前は知らないが 顔馴染みが 来店し 

夜の 「老人 デイサービス」のようになる

そして いつ 行っても 誰かが 「白いブランコ」を歌う

場末のカラオケスナックでは  不滅の曲 なのだろう

 

今日は誰にも 遠慮せず 選曲し 歌い倒した

結果には不満足だが…

しばらく 休日は ソロカラに 通う事になりそうだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひきこもり新聞…今週の読書

f:id:meisyu3ie:20170308200853j:image    3月号が届いた

創刊号から読んでいる  (と言ってもまだ3号しか出ていないが … )

ひきこもり当事者が 発行している新聞だ

宛名は 丁寧な字で 手書きされている

中には 新聞だけではなく 送付状が付いており

蝶々🦋の 絵には マーカーで ちょこっと 色が塗ってある

1枚1枚 手作業で行われているであろう

その労働と ちょっとした心遣いにふれ

温かい気持ちになる

 

私はこの新聞に 大きな関心と期待を寄せている

 

 私には ひきこもりの兄弟がおり

その事で 何十年も苦しんでいる

その苦しみから逃れようとして 家を出、距離をおいた

今でも 周囲の人  親しくなった友人にさえも 家族のことを話すことはない

しかし ずっと彼の存在は 頭から離れることはなかった

彼も苦しんでいることは 充分にわかっているつもりだった

 

1 年位働いては 何年も ( 10年近く) ひきこもるという生活を繰り返し

彼もまた 地元を離れた

地元で「居場所」を見つける事は出来ないと感じたのだろう

最近は ひきこもり期間が1年未満と短くなってはいるが

やはり周期的に 仕事をやめている

今回の新聞のテーマである「中高年の ひきこもり」だ

 

私は、彼の内面を知りたいと思っていたのだが

計り知ることはできないでいた

ひきこもっている事に対して  1度も 非難めいたことを 言ったことはないが

ちゃんと向き合って 話をしたことも  また  ないのだ

 

「ひきこもり新聞」の存在を知り 購読した

私は、大きな考え違いをしていた事に 気がついた

これまで 「就労」が ひきこもりからの脱却だと思っていたのだ

彼が仕事をしている期間は  私は安堵し

辞めると 大きな不安が押し寄せた

しかし、私が 安堵している間も

彼は 職場で たくさんの人に囲まれながらも

「居場所」のなさを抱え  どんなに 疲弊していただろうか

そう、ひきこもりからの脱却は 「就労」ではなく「居場所」なのだ

 

彼を含め 今も「居場所」を持てず 苦しんでいる方々が

安心して 誰かと 繋がれる 日々が来る事を 心から 願い

見守ることしか出来ないが  購読 という形で 応援したいと考えている

 

この新聞が 一人でも多くの

ひきこもり続けている方々の 目にとまり

小さな窓となり

社会への扉を照らす 小さな光が 差し込むことを期待している

 

また この新聞が 一人でも多くの

人々の目にとまり

ひきこもりに対する 偏見が 払拭され

その 個別性 が 受け入れられるような 社会となることを 願っている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひとりで死んでも孤独じゃない」矢部武 … 今週の読書

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いわゆる「孤独死問題」の 実態調査で終わるような本ではない

独居者の自立を支援し 孤立を防ぐ 社会システムを作るための 具体的な方法を探っている

 

私は 常々 、一人で死ぬことを  悲観的な「孤独死」という言葉で ひとくくりにする事によって

これまでの人生の全てを  惨めで可哀想なものとして 結論付けてしまう事に 違和感を覚えていた

矢部武氏の言う  「自立死」…この言葉に 大いに共感した

自由と自立を大切にしながら 死んでいく…そんな選択肢もあって良いのではないか

 

日本は、まだまだ 一人で生きることを前提とした社会とは 言い難い

地方の田舎に住んでいる私は、まだまだ 子供世帯と同居する事が当然という意識が強いことを感じる

もちろん それを否定するものではない

その地域が 育んできた 良き伝統である事は間違いない

しかし 個々人には それぞれ 「事情」や「価値観」が存在することも また事実だ

子供がいるのに同居していない 独居高齢者は   自分のことを「恥ずかしい」とまで言う人もいる

「同居」という世間体にこだわり 「同居による寂しさ 」や「同居していても孤独」という悲劇は  

ひた隠しにし 見なかった事にしながら 同居にこだわる人もいる

 

しかし、少子化 晩婚化 未婚化  …

今後は、一人で生きることを前提にした人生という 意識改革を余儀なくされるだろう

 

「一人で亡くなることが 問題なのではない。友人や社会的なつながりを持たず 孤立したあげくに一人で亡くなり、死後何週間も発見されずに遺体が腐敗し、他の人に迷惑をかけてしまう事が問題なのだ」

と 矢部氏は書いている

「孤立死」と「自立死」は 明確に区別する必要があると考える

「自由と自立」に価値を見出し 選択し 友人や社会と繋がりながら

「おひとりさま」のまま 亡くなったって良いのではないか

 

単身世帯の増加 が 必ずしも 孤独死の増加を生むわけではない

社会との繋がりを持たない事が 「孤独死」を生むのだ

孤立を防ぐ社会システムを作ることや

一人で生きることを前提とした社会を作ることも急務ではあるが

そのためにはまず、個々人の価値観や事情を尊重し 批判しないという 意識改革が必要

それが 全ての人に浸透する事が 前提として必要ではないかと感じる

 

さらに、私を含め「おひとりさま」に言いたい

「どのような形でも良い

社会の中で 自分の「居場所」を持ち 繋がる事が

「自由と自立」を選択した者の 責任でもある」と…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして生活つづく」 星野源 … 今週の読書

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 エッセイを読むのが好きだ

人の生活を覗き見しているような

感覚がクセになる

 

しかし、「高級なレストランに行きました」だの

「オシャレな趣味を楽しんでいます」的な

いわゆる「オシャレな日常」には興味がない

 

普通の生活の中の かっこ悪い部分にこそ  面白さがあるのだ

「あのアイドルの〜〜 トイレにも〜〜 くっつきベンちゃん  きっとある〜」的な

できればなかった事にしたい部分を 覗き見した時の

親近感と安堵感が 文章の面白さと重なり合った時の楽しさといったらない

 

1980年代  アイドルは うんこもオナラもしなかった

聖子ちゃんだって キョンキョンだって

うんこはしなかった

今じゃ、そんなアイドルは  初音ミクと渡辺美奈代ぐらいのものだが…

 

星野源

ゲーノージンが うんこを語って大丈夫なのか?

自分が女子から憧れられる存在であることの自覚はないのか?

しかも ! 

ただのうんこじゃない

あ〜〜 っ‼︎   脱糞で汚れた自分のパンツを洗う

切ない 星野源の 後ろ姿なんて…

想像しただけで…

ギャ〜〜〜〜っっ

 

抱きしめたくなる…

 

[  「何気ない日常」の中には「何気ない日常」しかない…

黙ってても日常は面白くなってくれはしない…

毎日を面白くするのは自分自身   ]

 

星野源様 おっしゃる通りです

よくぞ 書いてくれたよ

何気ない日常を 面白く「制作」する事が

こんなにも 素敵な日常になるんだってことを

捨て身の 文章力で教えてくれている

 

是非、「トイレに常駐させたい」1冊だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家計簿

家計簿はつけない

何度も付けようとトライしたが

よく持って 1ヶ月程度

 

なぜ付けないかというと 合わなくなるからだ

基本 レシートがない出費は覚えられない

自販機で買ったお茶や駐車料金は ほぼ忘れている

コンビニでレシートを渡されなくて   欲しいんだけど「家計簿つけるんでレシートください」と言う勇気がなかった時などは あとで大概合わなくて、意気地なしだった自分を責める事になる

合わないと ストレスとなる

1か10かの性格上 合わなくなった時点でもう やる気がなくなる

結局 精神衛生上悪いのでやめる事になる

そう、たった1枚のコンビニのレシート が 今年もまた家計簿脱落者を作るのだ

 

しかし今年の私はちが〜う!

心を入れ替え金銭管理をするようになった

 

試行錯誤の末

なんとかこれならできると編み出した方法が

 

「ザックリ アンド 飴と鞭  」

 

給料日には、キャッシュコーナーをはしごする

まず、1軒目で  13万5千円を降ろす

10万円は万札で、後は千円札で35枚

そして、次の銀行のキャッシュコーナーに行き

9万円を入金…これは引き落としにしている必要経費だ

 

家に帰ると35枚の 千円札を1週間分ごと ファイルに入れる

1人暮らしなので、1日千円の予算だ

あとは、予備費ファイルに残りの千円札    医療費ファイルに1万円札を入れる

 

財布には、1週間分のお金を入れ

1週間終了時点で残っていたら

お札は予備費に入れ

小銭は小銭ケースに入れる

一旦財布を空にする

そして 月曜日には 新たな1週間分のお金を財布に入れる

 

これだけのことだが

結構上手くいっている(…といってもまだ数ヶ月だが)

 

月末になれば、予備費を確認し

その残額に応じて 翌月初めの週末に

ささやかな贅沢をする

そう、これが私にとっての飴だ

「ってやんでぇ、宵越しの銭ならぬ 月越しの銭は持たねえや」

とばかり 使い切る カ・イ・カ・ン

 

といっても外食ではない

家呑みだ

 

若い頃はかなり呑んでいたが

年齢とともに肝臓の数値が悪くなってきたため

基本 お酒は飲まない事にしている

しかし この日だけは特別だ

自分へのご褒美として 

吟味して 1本購入する

この吟味する時間も楽しみの時となる

日本酒にしようか ワインにしようか

(お金が残っていない月はビールになるが…)

つまみは何にするか…

(大抵は日本酒にツマ缶となる)

 

今月もあと数日で「飴」の週末がやってくる

 

決して贅沢ではない一般庶民の日常だ

書いてて虚しくなってきた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日曜日の日常

歳のせいか 日曜日の朝でも 寝坊ができなくなった

いつものように目が覚め 

とりあえず起きてみる

洗濯機を回し コーヒーを入れ

1週間のニュースをテレビで見ながら

軽い朝食を取り終わった頃には 洗濯機が止まっている

たまった1週間分の家事を終えたら

あとは、だらだらと 引きこもり生活を楽しむ

 

休日は必ず便秘が解消する

こういう現象に 心身全体が弛緩していることを感じる

 

昔は、なにもしない休日を過ごすことに 罪悪感を覚えていた

前日には、休日にすることを 趣味活動に至るまで

細かくリストアップし

1つ1つ したことを消していく 

全部消えた時、有意義な休日を送ったことに満足感を覚えた

 

しかし 歳とともに コンプリートできない休日が多くなった

できないことが、有意義な休日を過ごせなかったという思いとなり

罪悪感  … 人生の脱落者になったような感覚に襲われた

 

そして バーンアウトした

 

仕事をズル休みした

そして 辞めた

1人のため  働かなければ生きていけないという

状況がなかったら 引きこもりになっていたと思う

心療内科に通いながらも

転職を繰り返し

なんとか 心身バランスをとることができるようになっていった

 

心療内科に通っていた時

どうしても 病院に行きたくなくて 

予約の日を すっぽかしたことがあった

しかし罪悪感に襲われ  律儀にも「忘れていました」と

断りの電話をかけた

 

次の診察の時

予約をすっぽかしたことを責められるのではないかと

おどおどしながら診察室に入ったが

Dr.は にこやかに 「忘れる事ができるようになったのは

良くなっているって事だ」と言い

全く責めることはなかった

 

拍子抜けしたが、こんなんでも良いんだ

世間は 私が思っているよりずっと 優しい事に気がついた

私には帰るところはないと思って生きてきたが

ふと「一度実家に帰ろう   そして生活を建て直そう」

と  今まで考えもしなかった思いが浮かび  口に出してみた

Dr.は、批判も助言もしなかった

ただ聴きながら 私の決定を肯定してくれた

 

実家に帰ってからも1度 電車を乗り継いで

Dr.のもとに行ったが  

それ以来 心療内科に通うことはなかった

 

心に余裕のなかった自分を見つめ直し

勉強をし直して  これまでとは全く違った仕事に就いた

そして 実家を巣立ち

 なぜか 対人援助の仕事をしている

他者の人生を決して批判することなく 

自分で自分の人生を決められるよう

寄り添ってくれたDr.のように

私はなれているだろうか…

自問自答しながら仕事をしている

 

時々 感情が疲弊した時 

Dr.に会いたくなる 

 

でも もう戻ることはないだろう

気持ちを切り替え 

コントロールできる

「 大人」になったのだから

 

今日も 「笑点」を見ながら

私の休日は過ぎていく

 

それにしても

今日のたい平師匠の 壊れ方は イイね👍

たい平師匠の落語も見てみたくなった

 

たい平さんに ざぶとん3枚!