終わり良ければ…

全て良し…とはいかないけれど … 日々の記憶を楽しい記憶に書き換えて終わりたい…

「余命」谷村志穂 … 今週の読書

 

余命 (新潮文庫)

余命 (新潮文庫)

 

滅んで行く自分の肉体を新しい命につなげたい......

もし、がんの再発を、自分のことを心から愛してくれる夫が知ったならば、産ませてはくれないだろう......

現役の外科医である「滴」は、がんの再発を自ら発見し、夫や信頼する同僚、友人にも打ち明けず、治療より、出産を選択するという、孤独な決断をする。

愛しているゆえに、夫を遠ざけ、周囲を遠ざけ、死の恐怖に怯えながら、たった一人で戦いに挑む。

 

普段は心の奥底に押し込んで、見ないようにしている「死」から心を逸らさず、向き合い、見つめるとき、

余命を切られた方の「孤独」が、かすかに見えてくるのだと思う。

残された日々が少ないことを知っているからこそ、あしあとを残したい。

残してゆく愛する者への最良の贈り物を用意したい。

たとえその努力が 時間としての自分の命を削ることになったとしても......

それが、がむしゃらに生きてきた自分らしい選択ではないか……

そういった気持ちへの理解が得られないと感じたとき、心はすれ違い、孤独になる。

 

人の命は無限ではない。

砂時計の砂が落ちていくように、サラサラと落ちていっている。

その落ちる速度には、違いがあっても……

 

滴が、自分の砂時計の速度を 早めてでも残したいと思ったものは、

新しい生命という「自分たち夫婦へ与えられた恵み」だけではないだろう。

40を目前にし、いつまでも夢を追い続けて、生活力がないが、優しく愛情深い夫……

経済的には滴が支えることができており、今まではそれでもよかった。

お互いがお互いを必要としていたから……

しかし、滴のわずかばかりの預金など 医療費が食い尽くし、自分の命とともに跡かたもなく消えてしまうだろう。

生まれてきた子供と 愛する夫が 二人で 路頭に迷ってしまっていいのだろうか?

焦りと苛立ちから、夫に辛くあたり突き離すようになる。

そして、滴なりの方法で、愛する夫を成長させていく。

 

 

「もっと早く気がついてあげられれば」

「あの時こうしてあげればよかったのではないか」

「もっと 何か方法があったのではないか」

どんなに、献身的に介護をしていても、

愛する人を亡くした時、寄り添ったものには、少なからず後悔の念が湧いてくる。

しかし、何が「最善の選択」だったのかなんて、誰にもわからない。

患者本人が、自分で納得し、自分で決めるという、プロセスを踏んだということが、「最良の選択」なのだろう。

そしてそのことが、残された愛する人たちを、悲しみの淵から 立ち上がらせ 歩き出させる力となる。

最高の「グリーフケア」となるのだと思う。

 

人生は、最後の5年間が勝負だ。

最期の瞬間まで人間は成長できる。

身体がどんなに衰弱しようとも、たくさんのものを与え、残すことができる。

 

滴の最後の5年間については、わずか14ページしか さかれていないが、そこには こぼれ落ちた たくさんの物語があったことだろう。

最後の5年間に滴が何を思い、何を選択し、どう生き切ったのか……

もう少し、そのこぼれ落ちた物語を読んでみたかった気がするが、

思いをめぐらせ、想像することしかできない……

 

「こわれもの」浦賀 和宏 … 今週の読書

f:id:meisyu3ie:20170611130247j:image

ミステリーだということに、気付かずに 途中まで読んでいた。

前半は、「ヒューマン」的で、後半は「謎解き」的という印象…

裏表紙の 紹介文の最後の1行に書かれた 問いかけ …

「最後の1ページで あなたは何を想いますか?」

という 考えを刺激する投げかけに惹かれて、手にとった1冊だ。

 

人は、「こわれもの」だ。

・売れっ子漫画家の 陣内龍二は、婚約者を 突然の事故で 失って、こわれた…

   そして、自分の漫画のヒロインである、ハルシオンを 突然、作中で事故死させた。

   婚約者の死と 同じように、「唐突」に「伏線」もなく…

・そのことが、ハルシオンの熱狂的なファンである 三橋をこわした…

    三橋にとって、ハルシオンの存在は、かけがえのないものだった。

   ーーあなたは醜くない。弱くもない。

   ーー強い人は、美しいから。

   ハルシオンの、言葉は、外見にコンプレックスを抱き

   自信のなさや、居場所のなさを抱えている 三橋を支えていた。

   そして、陣内龍二への復讐(殺人)を決意させた。

・神崎美佐は、娘を自殺で亡くし、こわれた…

   恋人であった、陣内龍二から裏切られ、壊れ、自殺した我が子…

   娘が味わった、歓喜から絶望へと、一気に叩きつけられる、

   その筆舌に尽くしがたい 同じ苦痛を

   陣内龍二に味わわせるためだけに、残りの人生を 捧げた。

 

心を支えてくれていたものを 全て失う時、人はこわれる。

キレたり、逆怨みしたり、憎みすぎたり…

現代は、どうも極端にはしりすぎるように感じる。

人との繋がりが 希薄な 現代に生きる私たちは、

一つのものに依存しすぎているのではないのだろうか?

心を支えるものが、少なすぎる。

一つのものに依存すると、それを失う時、全ての支えをなくすことになる。

 

意図せず、誰かを 傷つけたり、誰かに、傷つけられることもある。

今までの人生の中で、どれだけたくさんの人を傷つけてきただろうか?

誰が、何に、傷ついているかなんて 知る由も無い。

 

人の心に無神経であっては、絶対にいけないと思う…

だけど…

壊れたものを 壊れたままにしておくのか…

       それとも、修繕するのか

何かに躓いて転んだ時、転んだままでわめき続けるのか…

       それとも、起き上がるのか

そこはもう、他の誰の責任でもなく、自分自身の責任だ…と思う。

 

運命を壊すことができるのか?

陣内龍二は、「死を予知することができる能力を持つ」と自称する女に翻弄される。

自分の死の予知を受け、苦しみながら、その死に立ち向かい、打ち勝とうともがく。

 

運命というものが、決まっているのであれば、それを変えることはできるのか?

そもそも、運命は決まっているのか?

 

もし決まっているのであれば、人生はなんと虚しいことか…

そうであれば 私は、なんの努力も、摂生も しないことだろう (今でもしていないが…)

 

過去は変えられない ( 過去の意味付けということであれば、変えられるが…)

現在は、もちろん、変えられる。すぐに結果は出なくとも…

未来は…決まっていない と思う。

 

「…まだ存在していない未来の粗筋なんて、こわれもののガラス細工のように、もろいもののはずだから。」

この、最後の1ページを読んで、清々しい気持ちになった…

 

そうだ …京都、行こう!

今日 6月6日は、

ちょくちょく訪問している(ウェブサイト)「ほぼ日」の 19周年

&  TOBICHI 京都 オープン の日、

そして… 私の誕生日でもある。🥂

 

最近、どこかにふらりと一人旅をしたいなぁと ずっと思っていて、

あてもないけど、 とりあえず 誕生日に休みをとっておいたのだけれど、

6月1日の「ほぼ日」で、「TOBICHI 京都 6月6日 オープン!」の発表を目にし、

「そうだ、京都、行こう!」と思い立ったのだ。

 

日帰りでも行ける距離なのだけれど、どうせ行くなら 泊まるのも良いかと思い、

バタバタと仕事を片付け、休みを調整し2連休にして、

翌日には、ホテルを予約していた…

本当に、思いつきなので 予定などは、全然立てないまま…

 

そして、今日 京都に やって来た!

カバンには、積ん読していた 文庫本を2冊 押し込んで…

新幹線の中で、ゆっくり読書を楽しもう。

そして、駅弁も食べてみよう。

などと、移動慣れした人みたいに してみたかったのだけど…

新幹線の中では、土地鑑のない京都での移動方法が気になって Googleマップと にらめっこで、読書なんて出来なかった。

新幹線の中で駅弁を食べるのは、なんだか恥ずかしい気がして、買えなかった…

新幹線の中でやりたかったことは全然出来なかったけど、

あっという間に、京都に到着した。

こんなに京都が近かったとは…

小学校の修学旅行で来て以来だから、そりゃ、どこに行くのも早くなっているよなぁ…

 

とりあえず、TOBICHI で、整理券を受け取って、

ノスタルジックな 鴨川沿いを散策しながら、

納涼床での昼食  f:id:meisyu3ie:20170606194605j:image

アオサギ?に見つめられながら食事をして

 13時30分に TOBICHI に戻ると

 

もうすでに、体力がない…

 若ければ、貪欲に予定を詰め込んで、歩き回ることもできるのだろうが、
悲しいかな、そんな体力はない。
しかし、京都に来たからには、世界遺産清水寺や東寺、国宝の数々は 、少しは押さえておきたい。

 そこで 思いついたのが、京都タワー

限られた時間と体力で、京都を堪能するには、ここが良いだろう。

…高いところからで 恐縮だが …

 

京都タワーで、風鈴の絵付けを体験し、

自分の 絵心のなさを 思い知り、

f:id:meisyu3ie:20170606180855j:image

 なかなか、充実した 京都旅を堪能している…

 

明日は 、おそらく雨なのだろう。

雨が降ったら、早く帰ろう…

 

 

主観的落語日記 … (新作) こぶ取り爺さん

「こぶ取り爺さん」という、 志の輔さんの オリジナルの演目がある。

2パターンあって ( たぶん… )

一つは、子どもの 読書感想文の宿題を書こうと思っても、 何が言いたいのかわからないというもので、最後まで、ガッテンいかないまま…

結論として、「取って付けたような話です」となる。

もう一つは、外国人のマイケルさんが、 翻訳した日本昔話を 本にしようとするけれど、こぶ取り爺さんだけは 何が言いたいのかわからないと 翻訳家の先生のお宅に 聞きに来たというもので、

家族でワイワイガヤガヤしたあげく…

結論として「カゾクノモリアガリ、 サイコーデス」となる。

 

どちらも面白いけれど、私は、読書感想文の バージョンの方が好きだ。

 

踊りが上手な 1番目のお爺さんは、鬼にこぶを取ってもらえ、

踊りが下手な 2番目のお爺さんは、鬼にこぶを付けられ 2つになって帰ってくる。

・昔話には、必ず 教訓が詰まっているはず…

・しかも、1番目が良くて 2番目が悪いという 法則がある。

この 暗黙の決まりごとに 当てはめてみるも、どこが どういうふうに 悪いのか さっぱり わからず、

「踊りが下手だから悪いのか?」「真似をしたから悪いのか?」「運が悪いのか?」「鬼が馬鹿だということ?」「そもそもタイトルがヘンだ」…などと すったもんだ する。

が 、結局 ガッテンいかないまま「なんの意味もありませんでした と 書いときな」となる。

 

似た話に、太宰治の「お伽草子」の中に 瘤取り というのがある。

結論として、

「性格の悲喜劇 といふものです。人間生活の底には、いつも、この問題が流れています」

としている。

 

…実に 理不尽だ …

だけども、これが一番 ガッテンできる 気がする。

 

結局、無理して 踊っても 陽気に振舞っても ウケを狙っても 上手くいくはずがないんだ…

性格の悲喜劇 だから…

(子どもにそんな 無情な事実を 突きつけるのも 夢がないが…)

 

もっと違う性格だったら もっと違った バラ色の人生が待ってたかもしれない …

そんなことを 考えてしまうこともあるけれど、

それもこれも まあ 「持ち味」だからね

無い物ねだりしても しょうがねぇや…

活かし方を間違っちゃぁ いけねぇな…

     (江戸言葉っぽく 言ってみる…)

 

志の輔さんも、ガッテンいただけましたでしょうか ?

   ( 声は届かないけど、言ってみる…)

f:id:meisyu3ie:20170528213411j:image

なわばり あらそい

昨年から、蜂との縄張り争いをやっている。

昨年は…  負けた…

ベランダを 蜂に占領され 、

洗濯日和にもかかわらず、  室内干しや 浴室乾燥を使う羽目になった。

約3ヶ月の間、水をもらえなかった ベランダの鉢植えは 、ほとんど枯れた。

 

ハチの巣駆除の業者さんを頼もうかとも思ったが、

自分でなんとかなるものなら…と、

まず、蜂の生態を調べることにした。

うちのベランダの蜂は、 どうやら アシナガバチらしいということがわかった。

 

アシナガバチの 一生

4月、甘い花の香りに誘われて 長い眠りから 目覚めた 一人ぼっちの女王さま蜂は、

2週間の間、花から花へと 蜜を求めて渡り歩くのです。

何ヶ月もの間、眠り続けて消耗した体力を回復し、

さらに、これから行おうとしている、大きな仕事を 全うするための 英気を養うために…

 旺盛な食欲の合間には、これから生まれてくるであろう家族のために、

たった一人で、マイホームを作るための 安全な場所を 物色するのです。

女王さまは、子どもの頃に たくさんのお姉様達に 安全に守られながら、

蝶よ花よと大切に育てられた 幸せな記憶を心の支えに、

以前住んでいた場所の近くに 家を作ろうと考えます。

 

 5月は巣作りの時期です。

たくさんの子供部屋のあるお家を作り始めます。

一つの部屋に一つずつ卵を産み、

増築しては さらに卵を産み、卵からかえった子供達には、餌を運び…

たった一人で、忙しく 働き続けます。

 

 やがて、たくさんの 女の子達が成長し、お母さんになった女王さまを手伝うようになります。

女王さまから生まれた子達は、みんな女の子なので、お母さんを手伝って よく働きます。

家の増築をし、餌を運んでは、妹達の世話をします。

そうなると、お母さん女王さまは、家にこもり 出産に専念するようになります。

どんどん どんどん、 どんどん どんどん 子を産んで、夏の終わりには、女ばかりの 大家族となるのです。

 

 最後の力を振り絞って、末っ子の 女の子を産み、

お姉さん達に「みんなでこの子を 立派な女王に育てておくれ…」と言い残し、(…たかどうかは知らないけど)

力尽きて なくなるのです。

 その後、お姉様蜂に大事に育てられた、末の妹は ずうたいも大きくなり 女王としての風格が備わってきます。

 

その頃、お姉様が子を産むのです。

お姉様が生んだ子は、みんな男の子です。(お父さんのいない 無精卵なのです)

この男の子がまた、ダメダメな怠け者。 ニートなのです。

エサ一つ 自分で探しに行こうとせず、家にいて ママにとってきてもらう…

働かないで、ずっと家にいるんだったら 用心棒にくらいなれるのかと思いきや、

針さえ持っていない。戦闘意欲ゼロなのです。

ただただ、 新女王との 子作りに励むのです。

 

秋になると、働きつづけたお姉様蜂達は だんだん弱っていき、

一人また一人といなくなっていきます。

子作りに疲れた 男の子達も、みんな死んでいきます。

来年の女王さまだけを残して…

一人になった 新女王さまは、悲しみの中、巣を捨てて、長い冬眠ができる場所へと旅立っていくのでした。

              …   つづく…

 

 

去年、私がハチに気がついたのは、8月の終わりで、すでに 大家族となっていた。

どうしたものかと悩んだが、秋にはいなくなるんだし、虫をとってくれる益虫なんだし…

なんだか、蜂が、長屋のはっつぁんに思えてきた。大家になった気分で今年は居させてあげようかと、仏心を起こしてしまい、ベランダを 蜂に間借りさせてあげることにした。

 

今年は早くから、昨年の巣の付近に 殺虫剤を吹きかけながら、縄張りを主張してきた。

女王さまが来ようものなら、巣を作る前に、速やかにお立ち去りいただくように…

    なのに…   f:id:meisyu3ie:20170531153051j:image   …きた〜‼︎           

室外機カバーの裏!   こんなところに作るとは 思わなかった。

油断していた…

しかし、今年は 絶対ダメ!   心を鬼にして、駆除させていただいた。

 … ごめんね、はっつぁん …

「ベロニカは死ぬことにした」パウロ・コエーリョ(江口研一訳) … 今週の読書

f:id:meisyu3ie:20170523083408j:image

なんの変哲もない日々の繰り返しに 生きる意味を見いだせず、死ぬことにしたベロニカの 話を 

なんの変哲もない 休日に 読んで過ごした…

 

自殺未遂の後遺症で、余命1週間と宣告された日々を 

精神病院で 「狂人」という レッテルを貼られた人たちとともに過ごす中で 

自己を 抑圧するものから 自分を解放し 

人生の無意味さが、自分の責任以外の何ものでもないことを悟り

生きる喜びを知るようになる

という物語…

 

「狂気」とは なにか

 ベロニカは「私は ただ 自殺に失敗しただけで、狂ってるわけじゃない 」

「狂ってるってことが どういうことなのか わからないの」と言う

その疑問に対する ゼドカ (鬱病で入院している ) の答えが とても興味深い

「自分の世界に住んでいる人はみんな狂っていることになるのよ。…… 人とは違うだけでね」

  … なるほど…

  と、すると  みんななんらかの 「狂気」を持っているということなのだろうか…

「狂気とはね、自分の考えを伝える力がないことよ

  まるで外国にいて、周りで起こっていることは全て見えるし、理解もできるのに、

  みんなが話してる言葉が分からないから、

  知りたいことを説明することもできず、助けを乞うことも できないようなものよ」

人とは違う、自分の世界を、いわゆる「普通の人」に 伝える力がない ことが「狂気」ということなのだろうか?…

「狂気」について このような 解説に触れるのは 初めてだ

 

確かに そうかもしれないな…

人とは違う部分があっても それを伝えるコミュニケーションの方法が「普通の人」に分かるものであれば、それは、「狂気」ではなく、「オタク文化」とか「サブカル」「芸術」「宗教」…などと分類され、許容され、たちまち市民権を得ることになる。

 

シェイクスピは、「狂気と天才を隔てるものは、一重のうすい壁だけである」と言う。

そのうすい壁が、「伝える力」 コミュニケーション能力なのだろうか?

 

「狂気」について、そんなことを考えながら、

一人カラオケに行き、狂ったように5時間 熱唱して帰り、

狂気に満ちた 私の 休日は 終わっていこうとしている

… 熱った喉を 冷たいビールで 冷やしながら …

 

「城あるきのススメ」春風亭昇太 … 今週の読書

f:id:meisyu3ie:20170518192524j:image

これまでの人生の中で、お城に関心を持ったことは一度もなかった

先週の昇太師匠の話を聞いて ちょっとだけ中世のお城の世界を覗いてみたくなって買って帰った1冊 

 

お城というと、天守閣を思い浮かべるが、どうやらあれは近世のお城らしい

小学校の時に 遠足で行っていた なんにもないところが 中世のお城のようだ

しかも、自分のうちの近所にも ウジャウジャあるらしい

 

どうして、中世の城郭には 建物が無いのか というと、

 それは、

 慶長 20 (1615) 年6月 13日に出された 一国一城令(いっこくいちじょうれい)

  (なんだか そんな言葉、遠い昔に聞いた事があるなぁ…)
中世、城は 日本中に 三万とも四万とも言われるぐらいあったのだが、

徳川家康が、本城だけをのこして 一つの国に一つの城 以外は 全部 破却するよう 命令を出し、

わずか 数日のうちに 何百もの城が壊されたという

新たに建てることも禁止されたらしい

だから、近所にある 中世の城跡には なんにもないのだ

(そんな、理不尽な事が まかり通る 世だったとは…)

 

この本には、昇太師匠の オススメの城と その見所が 何城か紹介されている

私自身が、城あるきにハマることは 絶対にないだろうが

昇太さんの マニアックぶりと、わかりやすく 面白い 文章で

しばし 中世の世界を 旅した気分だ…

 

何かに夢中になっている人の話は 興味深い
別の世界に連れて行ってくれる…

そんなに夢中になるのならと、ちょっと、覗いてみたくなる魅力がある

 

試しに 「〇〇市  城郭」でググると …すごい!

職場や自宅周辺だけでも 30以上の城郭がある事がわかり びっくり!

仕事帰りにちょっと 足を伸ばしてみるのもいいかもしれないと 思いはじめている…

 

近所の城郭を入り口に、その歴史に思いをはせるようになり、町や暮らしを知っていく…

そういうところが魅力となり、郷土愛に繋がっていくんだろうな…

 

地元に なんの愛着もなければ思い入れもない…

地元から離れたいと ずっと思ってきたし、今だに 息苦しさを感じることもある

だけど、地元の 城あるきでもしてみたら ちょっとだけ 見方が変わるかもしれないな…