終わり良ければ…

全て良し…とはいかないけれど … 日々の記憶を楽しい記憶に書き換えて終わりたい…

江戸っ子じゃなくったって、落語は楽しい

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今日は 京都での「立川志の輔 独演会」(2017.11.17~19)のチケットの発売開始日。

絶対に取ろうと思っていたので、仕事を休みにしておいた。

最近は、近くも遠くも見えずらくなったため、できれば前の方の席が取りたいと思い、朝10時の発売開始時間きっかりに、近所のセブンイレブン行き、チケットを 確保した。

 

地方在住の私は、「寄席」にふら~と行けないので、

生で落語を聞こうと思ったら、ホール落語に行くことになる。
最初は意外に思えたが、地方にも落語ファンは多くいるようで、会場は結構一杯なのだ。
最近は足をのばし 県内だけではなく日帰りできる範囲で、3~4か月に1度のペースで、

行けそうな公演は、なるべく早くチケットを購入したいと奮闘している。

地方で行われる ホール落語に行くようになったのは2年前。

特に贔屓の落語家がいるわけではないが、
春風亭昇太が、私の「生落語デビュー」だった。
まくらから演目に変わった瞬間、空気が変わった気がした……

息が吹きこまれる感覚……
上手くは表現できないが、「これが、生で落語を聞くってことなのか……」と感動した。

昨夜の、ほぼ日の読書会の最後の方で、糸井さんが、「伝承芸能は文章に残したら屍体になる」と言われたが、その感覚わかる気がした。

 

初めて落語を聞いたのも、昇太師匠だった。

3年位前、初めてYouTubeで、

昇太師匠の 軽薄 いや 軽快な語り口調の「ストレスの海」を聞いて、

私の中で、これまでの 古臭くて コムズカシイ噺という落語のイメージが崩れた。

「落語ってこんなに面白いんだ! なんでもっと早く聞かなかったんだろう」と軽い衝撃を受けた。

 それからだんだんと、他の演者のものや、古典落語も聞くようになった。

それは、「伝承芸能」のようではなく、

それぞれの演者が、基礎の上にオリジナルなお笑い要素を盛り込み、

個性あふれる噺に仕上がっていた。

 

やがて、「落語家」立川談志や、「噺家柳家小三治

さらに遡って、志ん朝志ん生などの、古い音源のCDも聞くようになった。

だんだんと、落語の深みにはまって行くのが、自分でもわかった。

まだまだ、落語初心者なので、いろいろな落語家の噺を聞きながら、好みの演者を探している段階だ。

 

落語研究家ではないし、話す側の人ではないので、

不勉強ではあるが、

楽しめればそれでいいと思っている。

江戸や上方の、小粋なおじさまだけの エンタメにしておくのはもったいない。

現代のどんなお笑いにも引けを取らないエンタメとして、

広く、ゆるく、広まって欲しいものだ。