終わり良ければ…

全て良し…とはいかないけれど … 日々の記憶を楽しい記憶に書き換えて終わりたい…

心の琴線に触れた言葉

最近の 「ほぼ日」で  出会った   心に残る言葉のことを  ずっと考えている …

       #……

        わたしは、もっと、わたしに話しかけたほうがいい。
      わたしを見てやったり、聞いてやったりもして、
      わたしのことを、知ってあげたらどうだろう。
      ほんとは、なにが好きなの?
      どういうことがしてみたいの?
      どんなふうに生きたいの。
      あれについてはこれについてはどう思う?
      問いかけたり答えたりをして、わたしとつきあう。
      ひとりの時間は、それができる時間です。

         ひとりのわたしが、つよくなれるとしたら、
      そのわたしを、よく知ることからはじめる。
       知らないわたしは、弱くさえないままなのだから。#

                          ( 5/12の 今日のダーリン より )

 

「今日のダーリン」は、その日にしか読めないので、消えないうちに とりあえず保存しておいた

後でゆっくり 味わおうと思って…

 

あんがい 自分のことより、人のことの方が わかっているのかもしれない

誰かのことを大切に思い 理解したいと思った時

見えている部分だけじゃなく 内奥も知りたいと思う

価値観や 物事への反応の仕方 、強さと脆さなど…

そして、 どうしてそのような価値観を持つようになったのか

どうして そのような反応をするのか…

過去に遡って 理解すると 負の部分さえ 愛おしく思えてくる…

 

自分の事を そうやって 理解しようとすることは あまりないような気がする

もし、じっくり自分に話しかけ 理解するなら

自分の弱さや 消えてしまいたくなるぐらい 愚かに思える部分も 

許せるようになるのかもしれない…

 

対人援助の分野では 「自己覚知」が必要だとよく言われる

人は、自分の 価値基準や感情をものさしにして 反応したり 他者を判断しやすい

しかも、その ことに自分では気づきにくい

だから、自分がどんな価値基準を持っているのか

どのような場合に、どのような反応をするのか といった、

自分の心理や 行動の傾向を 熟知する事 (自己覚知) が 基本として必要になる

自分を知っておくことによって、「自分」の取り扱いが上手くでき

自分と価値観が違う人を前に、冷静であり かつ相手の価値観を尊重できるようになる

相手が間違っていると感じたり こうしたら良いのにと思った時…

< それは 正しいとか間違っているとかいう問題なのか?

    もしかして それは 単に 「ものさし」が違うだけなんじゃないのか? >

と 考えることができるようになる

だから 感情的にならず  冷静な判断ができるし 自分の考えを押し付けることがなくなる

 

プライベートな部分でも、そのようにできればいいと思うのだが

なかなか難しい…

「あの人はおかしい」とか すぐに言ってしまう

その見方が 自分の思考の傾向であり 弱さであることにすら 気付かずに…

「あの人と話すと傷つく」と思ってしまう

傷つきやすさの原因は自分にあることに 気付かずに…

 

    #ひとりのわたしが、つよくなれるとしたら、
    そのわたしを、よく知ることからはじめる。

       知らないわたしは、弱くさえないままなのだから。#

 

     私の 心の琴線に触れた…

 

 

 

落語の 睡眠導入剤的効果

今週末の 落語会を前にし  

今 、私の脳みそは 落語に占領されている…

生落語に行く前は 一週間位前から 頭の中は 落語まみれになる

片道30分の車通勤中の BGMは 落語に変わる

寝る前も 落語を聞きながら寝落ちする…

 

おかげで、眠剤なしでも 良く寝られる

頭で余計なことを考え過ぎてしまい 眠れない時には 落語を聞くのが一番だ

・落語家の噺は 面白いので、自然に引き込まれ いとも簡単に脳みそは落語に占領されることになる

   だから、余計な心配ごとや負の感情は 外に追い出されてしまう

  …結果、リラックスし、寝落ちする…

・落語には 交感神経を高ぶらせるような、ハラハラドキドキするような噺はあまりなく(多分…)

  日常の さも どこにでも起こりそうな 普通のことを 面白おかしくしているものが多い(気がする…)

  だから、興奮しすぎて 目がギンギンになったり、怖くて1人で夜トイレに行けなくなることはない

 …結果、リラックスし、寝落ちする…

寝る前に本を読んでもらいながら、寝落ちする 幼子と 母親のように…

 

 

地方では、フラ〜っと思い立った時に 落語を聞きに行けるという 環境がない

何ヶ月も前から 情報を仕入れて チケットを購入する 

行けるかどうかわからないからと思って 躊躇していたら 席がなくなってしまう

だから、 期待感はたいそう 膨らみきった状態で、生落語に臨むことになる

気合が「江戸」界隈の人とは違うのだ(…と思う)

落語家は、お客さんを前にして マクラをしゃべりながら 反応を見て、ベストだと思う落語をしゃべるのだという

気合が入りすぎた 地方の落語好き達を前にして、どんな演目が引き出されるのか 楽しみだ

 

「いまからノート」

エンディングノートらしきものを 毎年書いている…

いや、正確に言うと 書きかけている…

市販のものを色々試してみたが どうもしっくりこない

今の私には 書くことができない部分が多く 空白のままのページが大半を占めている

項目が細かすぎて 必要がない部分も多い  

家族や友人へのメッセージも 死をまだみじかに感じていない今は、なんだかピンとこない

気がかりな事なんて … 飼っている熱帯魚の世話の事ぐらいだ

書き残すほどの 自分史もない

なので、延命措置のことやお金のこと、カードや脱退手続きが必要なものの事など

身内に迷惑をかけないようにするために 書いているにすぎない

 

だけど、いつかは しっくりくる エンディングノートを見つけて ちゃんと書いておきたい気持ちは いつもあった

GW中に なかなか良さそうなのもを ネットで見つけ 購入してみた

それが「いまからノート」…

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今日届いたものを開いてみて その素敵さに 心が踊った

エンディングノートに 心が踊る と言うのは 少しおかしい気がするが…

ついに 出逢った!という感じだ

自分だけの 絵本を作ような気持ちで…

趣味活動のような感覚で 製作できそうだ

福田利之さんの絵が素敵だ

どのように創り上げていこうかと 考えるだけで ワクワクする

 

私は 心のどこかで 常に「死」を意識しながら生活している

そこまで深刻に考えているわけではないが…

病気をしてからは、毎年 自分の持ち物を整理する

服も本も 年に1回は リサイクルショップに持って行っている

「終活」というと オーバーだが、溜めない生活を心がけている

しかし、写真はまだ処分する決心ができないでいる

早々と 処分してしまって 運良く80まで生きていた時 、見たくなるかもしれない…

その時 処分してしまっていたら 後悔するかもしれない…

しかし、死ぬ前には 自分の手で 処分していたい…

そんな 今の気持ちに しっくりくる エンディング・フォトアルバムだ

 

これまでの 人生を 整理し 大切な作品に作り変えて…

これからの人生を 大切に歩んでいくための

私だけの「いまからノート」にしたい

 

「考えすぎた人」清水義範 … 今週の読書

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12人の 哲学者をネタにした ユーモア小説集だ

読んでも ちんぷんかんぷん な 哲学者の思想や 変人ぶりを 面白おかしく紹介している

 

ルソー

舞台は「 本人さんよ、出てこいや!」ショー。 本人を呼び出して 直接聞くことが出来る 世の中になっているという設定だ。

質問者は ルソー研究の第一人者である「フルバッタ・ニンザ氏」(ネチネチとした口調が 完全に 古畑任三郎のパクリだ‥)

ニンザ氏の追求により、ルソーの人間性が明らかにされていく

 ・とてつもない優越感と ものすごい劣等感を同時に持っている。故に 人を信用できず、全てを敵にまわしてしまう。それは、ルソーの 孤児のような生い立ちが影響している。

・子供をどう教育するのが 理想的かということを書いた「エミール」の中で、5歳までは何よりも母の愛によって育てなければならないとしている。しかし、自分の5人の子供を 生まれるとすぐ 孤児院に入れている

・女性が ついなんとか助けてやりたくなるような少年だった。裕福な婦人を頼って渡り歩いていた。

・露出癖があり、よく人前で尻を出していた

・ルソーの思想を一言で言えば「自然に還れ」→ 人間が自然のままに生きていた頃は 不平等はなかった。より大きな幸せを求めて 契約して国家を作った。そうして、社会が生まれ 農民は重税に苦しめられるようになった。(社会契約論)

・「決して捨てもしないが、結婚もしない」という条件を出して 長年一緒にいた テレーズと 56歳の時に 正式に結婚。10年後に 妻だけに看取られて亡くなった。

 

カント

舞台は 男女4人ずつの合コン。その中に  大学で非常勤講師をしている 官藤君が 数合わせで参加している。西洋哲学史を教えている。尊敬するカントをまね、几帳面に生きようと思っている。

官藤君は、哲学の事しか 知らない変人だが、その話題が女性に受けないことを 何度も体験していたので、最初のうちは慎重だった。

しかし…思いやりの強い女子の 社交辞令的な質問が、官藤君の導火線に火をつけてしまった…

合コンに カントはドン引きだが、もう 官藤君を止めることはできない…

・カントは、生まれ故郷の田舎からほとんど 生涯出たことはなかったが、本から知識を得て 世界中のことを知っていた。

・生涯独身で ものすごく規則正しい生き方をした。毎日 朝5時に起き、書斎に入り お茶を2杯飲んで 煙草を1服ふかした。それから 講義の下調べをし、7時から9時まで 大学で講義をし、その後思索と執筆をした。1時きっかりに招待客を迎え4時まで昼食と笑談をした。(招待状は その日の朝に 4~5人にだした)  その後 散歩をし、10時きっかりに就寝し、毎日7時間の睡眠をとった。(1日1食主義だった)

そう、ちゃんと 人付き合いの出来る楽しい変人だったのだ。

・カントは、ルソーの「本当の自然な状態の人間は みんな平等だ」という思想を尊敬していた。

        ……ギブ…  もう誰も聞いちゃ いないよ

 

 

あくまでも 小説であって、哲学の入門書や解説書ではない。しかし、なんとなく「さわり」は解った気分になるのはなぜだろう。

それにしても、難しい思想の数々を ここまで、食べやすく料理するとは、すごい人だ。

「気の向いた人は、これをきっかけに 哲学者のことを勉強してくださればよい」(あとがき)

 

………もうじゅうぶんです…ごちそうさまでした…

 

「待てない」時代 に … 「モモ」を読み返す GW

今週のお題ゴールデンウィーク2017」

 

まとまった休みは取れないが  明日から2連休が始まる

明日からのささやかな ゴールデンウィークのために 仕事帰りに古本屋に寄り ミヒャエル・エンデの 「モモ」を 見つけて 買って帰った

子供の頃に読んだ この本が どうしても 読みたくなったのだ

スピードを重視し 「待つこと」ができなくなった 時代に

 自分の用いる「 時間の質」を見つめなおし 心を取り戻す GW にしたい

 

「モモ」を思い出したきっかけは 通信速度に制限がかかったことからだった

 

  引越しを機に 固定インターネット回線をやめた
ポケットWi-Fi にした時期もあるが
スマホがあれば わざわざ ノートパソコンを 開く事さえもが 面倒臭くなり
ここ2年は スマホiPad mini のみで 過ごしている
特に不自由はなかった
片方に 速度制限が かかっても どちらかが 月末までもってくれていたので
毎月 なんとかなっていた
しかし、今月は その両方に 速度制限がかかってしまった
しかも1週間以上を残して…
これほど イライラした 毎日を過ごす事になるとは思わなかった
自分はそれほど せっかち ではないと思っていたが
1分が待てず 諦める自分に 「時代」を感じた

いつから こんなに 「待てない」人間になったのだろう
ピーヨロピーヨロいう音を聞きながら 繋がるまでの時間を コーヒーを飲みながら待っていた頃…
そこまで長いとは思わなかった
そんなに 昔のことではない気がする…
自分は 時代に全く付いていけていないという 自覚はあるが、速度感覚だけは 付いて行けているようだ

考えてみれば…

エレベーターも 待てなくなった
乗ると必ず [ 閉 ] ボタンを押すようになった
押したところで たかが 数秒しか違わないだろうが その数秒が 「待てない 」のだ
最近では、自分が降りる瞬間に [ 閉 ] ボタンを 押して行く人が 増えた
後の人のために スーッと横に手を伸ばし[ 閉 ] を押し、 振り返らずに 去って行く…
最初に見た時には 「なんて スマートでカッコイイんだ」と感心した
それからは 私も 真似をして 押して出るようにしている
これも「待てない」時代が生み出した 礼儀作法なのだろう

エスカレーターも、動く歩道も 気がついたら 歩いている
コンビニは、混んでいそうだったら 素通りする
うどん屋は 待たない セルフうどんを選ぶ
カップ麺は1分しか 待たない (これは前からだが…)

「速い」が当たり前になった時代…
気がついたら 随分余裕がなくなっているようだ…

どれだけ、「灰色の男」に 時間を 盗まれるがままに していることだろう

そして、幼い頃に 読んだ ミヒャエル・エンデの モモを 久しぶりに読みたくなった

心の伴った時間を 取り戻すために…

 

読書のこと

読書の思い出

小学校の図書室が大好きだった

思い返すと、小学生の頃が私の読書のピークだった

図書室の本を 全部 読むことを 目標にしていたものだ

 

大抵 いつも私より先に 借りている子の名前があった

1つ学年が下の おとなしそうな女の子だったが 

その子もまた いつも図書室に居た

本を通じて お互いを意識するようになった

特に親しくなったわけではなかったと記憶しているのだが…

 

…どのような経緯だったかは覚えていないが…

その子の 父親から1冊の本をプレゼントされた

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ユンボギの日記」

大泣きしながら 読んだ 初めての本だった

なんども 涙で字が読めなくなった

ユンボギのために何かをしたいと強く思った

夕飯の時 「この食事をユンボギに送りたい」と母に 訴えた

母は、地球儀を示しながら 韓国がどこにあるのかを教えてくれた

海を渡りさらに進んで行かなければいけない事や 届くまでには腐ってしまう事などを理解した

 何もできないことを知り さらに泣いた…

泣きながら ご飯を食べた…

 

中学生になり、図書室に行き 圧倒された

市の図書館に 初めて行ったのも この頃だった

あまりの 本の多さに

「世界中の本を 読破することなんてできない」という 事実を知った

 

「これら以外の事にも心を用いよ。多く書を作れば 際限がない。多く学べば からだが疲れる」 (旧約聖書-伝道の書12章12節)

… 私の 読書熱は クールダウンしていった… 

 

 

食べ物が 身体を作るように  読書は「人」を作る

もちろん、「人」を作るのは 読書だけではない

見るもの聞くもの感じるもの 全てが 人を形作って行く

しかし 読書は、3度の食事の1食くらいのウェイトは占めているだろう

 

どの時期に どれだけ 取り入れるかも 重要な要素だ

食事も読書も、ライフステージにあったものが良い

 

ライフステージに合った読書 

① 人格形成期である 成長期

人としての 基礎能力が発達し、人格が形成される この時期に出会うものには 強い影響力がある

栄養素で言うと タンパク質などの「からだを つくるもの」を最も必要とする時期だ

感情的な人格形成や、基礎能力  読む力や考える力 、推論し 考えを表現する力などの 発達のためにも

 できるだけたくさん 読書をすることは 重要だろう

特定のジャンルに偏らず 幅広くいろんなものを読むことが 良い

知らない世界に触れ、視野を広げ、「ポケット」を沢山作るのだ

 

② 自己形成期である 青年期

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…「我々はどこから来たのか  我々は何者か  我々はどこへ行くのか」(ポール・ゴーギャン)…

自分自身を見つめ アイデンティティを確立することは 読書だけでは できない

社会との交流という「活動」が どうしても必要だ

社会集団の中で自分の存在が認められることで 自分の立ち位置や役割を認識する

この時期の 読書の役割は エネルギー源 であろう

栄養素で言うと 炭水化物などの「エネルギーになるもの」が必要だ

しかし 摂取量に見合った「活動」がなければ、肥満になってしまう

読書という「エネルギー摂取」と 人間関係の充実 という「活動」のバランスが大切だ

 

③心のバランスを崩しやすい 更年期

この時期には、心身のバランスを崩しやすい

栄養素で言うと ビタミンやミネラルなどの「からだの調子を整えるもの」が必要だ

サプリメントに依存したりもする時期だ

今の自分に必要だと感じるもの 足りないものを補うような 読書に走っているのではないかと 感じる

自己啓発や専門書 趣味や実用書などを 欲するのだろう

 

④ 貯蔵能力が低下した 老年期

円熟した 老年期のためには、それぞれのライフステージに合った 読書を継続していることは 大切だと考える

まだ 老年期には 少し早いので  自分が どのような 書物を 欲するようになるのか 予測がつかないが 

何かしらの 読書習慣は 継続しているだろう

老年になると身体は「脱水」や「低栄養」になりやすくなる 

貯める力が弱るので 少しずつを こまめに摂取する必要がある

読書も、もう沢山はできないだろうが、少しずつでも続けることで

人としての 円熟性を保ち 中庸を維持しながら 穏やかな人生の終焉を迎えることができれば 幸せだ

落語のススメ

お題「好きなお笑い」

 

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久しぶりに生落語に行くため チケットを購入した

去年の3月に行った 昇太師匠の独演会は 確か3800円だったと記憶してるが 

この 値段の違いは やはり笑点効果なのか

 

落語は、1つの演目を 複数の噺家で聴き比べるという 楽しみ方をするのが好きだ

噺家の 語り口調や 仕草で 同じ演目なのに 違った登場人物像や景色が 脳裏に浮かぶ

大道具がないので 想像力が 広がる

限定されない分  噺家の語り口調と 聞き手の想像力との 連携により 

同じ噺を聴きながらも 聞き手それぞれが 違った映像を見ていることだろう

 

古典落語に やかんという演目がある

知ったかぶりの 「岩田のご隠居」は 自分には知らないことはないと 豪語し

いろんな質問をする 「長屋の八五郎」を 「愚者」と呼びながら

実は知らない事であっても デタラメな回答で 言いくるめていく

その 頓知のきいた答えや 屁理屈が とてもおもしろい

トントンとテンポよく噺が進んでゆく 笑いっぱなしの演目だ

こう言うのをトントンオチ と言うらしい  (と知ったかぶりをすることをやかんと言うらしい)

 

噺家によって  「岩田のご隠居」の 人物像が 若干違って感じられるところも 味わい深いものがある

あくまでも シロウトの 個人的見解でしかないが …

立川談志の 「岩田のご隠居」は  はだかの王様タイプ

    弁がたつ 政治家みたいな 印象を受ける

    この人が 「カラスが白い」と言えば 白いのだ

    実に 堂々と デタラメを言うので  そうかも知れないと思えてくる

    本人も 自分で話しているうちに そうなのだと確信してくるのだろう

* 三代目三遊亭金馬の 「岩田のご隠居」は  お山の大将タイプ

   せいぜい 後輩や部下を集めて 偉ぶってる程度の 人物像が浮かんできた

   ちょっとの隙間にも 博学ぶりを出したがる上司みたいな感じ

   マズローで言うと「承認欲求」の強い人物

* 六代目三遊亭圓生の 「岩田のご隠居」は 見栄っ張りな寂しがりやタイプ

    嫌われたくない 仲間に入りたい という 「帰属欲求」ゆえに

  「知らない」と言えず、苦し紛れの 返答をする

    困った感じの 返答ぶりが おもしろい

   こう言う人が 身近にいると

   あまり つっこまず そっとしといてあげたい気持ちになるだろう

 

人それぞれの好みがあるのだろうが 私は 三遊亭金馬の やかんが 聞きやすくて好みだ

 

それにしても  岩田のご隠居みたいに 人のことを「愚者」なんて言おうものなら

現代では 「パワハラ」だ

長屋の八五郎も わざわざ バカにされる人のところに 聞きに行くなんて…

私だったら バカにされるくらいなら わからないことはまず自分で調べるだろう

今の時代だったら 岩田のご隠居のもとからは 人が離れていき

やがて 訪ねてくる人といえば 民生委員が 安否確認にくる位になってしまうことだろう

 

落語は 笑いとともに 自省の念も 届けてくれる

小難しい分類や行儀作法はわからないが

奥が深く 学びも多い「お笑い」だ